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大阪高等裁判所 昭和37年(う)1362号 判決 1965年8月26日

被告人 芝田寿美 外三名

主文

原判決を破棄する。

被告人等を各罰金一五〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

被告人等に対し裁判確定の日から二年間夫々右刑の執行を猶予する。

当、原審における訴訟費用中原審証人青木重次に支給した分は被告人千崎和美の、同小島正夫、西村順一に支給した分は被告人長田香の、その余の分は被告人等の平等負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、神戸区検察庁検察官事務取扱検察官検事北元正勝作成の控訴趣意書および弁護人井藤誉志雄・木下元二・石川元也・荒木宏共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点について。

所論は、原判決は審判の請求を受けない事件について判断をした違法がある。すなわち、原判決は起訴状記載の訴因に基づいて判決せず、証拠として取調べられた各証人尋問調書記載の各尋問事項に対する証言拒否の全事実にわたって判決(一部無罪)しているが、右訴因事実以外の有罪判示部分は、公訴事実の同一性は認められるとしても、訴因の追加変更の手続なくしてなされた違法があり、刑事訴訟法三七八条三号により原判決は破棄を免れないというにある。

案ずるに、裁判所は審判の請求を受けた訴因についてのみ判決すべきものであり、審判の請求を受けない訴因については、その追加変更の手続のない限り判決すべきものでないことはいうまでもないが、訴因の同一性を害しない範囲内において、裁判所が証拠調の結果、起訴状に記載された訴因事実を実体的真実に適合させるためその内容を追加変更し、またはこれを一層詳細に或は簡明に記述することは少しも差支えないことである。そこで原判決が有罪と認定した部分について考えてみるのに、証人千崎について「阿江助役が駅報とか伝達事項を伝えていたか」という点は、同被告人に対する公訴にかゝる訴因に該当するとは認められないので、原判決のこの点に干する判決は、審判の請求を受けない事件について判決したことになり失当たるを免れないが、その余の部分については、原判決は起訴状記載の概括的な記載に対し、原判決挙示の証拠に基づいて実体的真実に適合するようにやゝ詳細に事実を確定記述したものであり、訴因の同一性を害するものとは認められないのである。

よって原判決中被告人千崎干係において、所論の如く一部審判の請求を受けない事件につき有罪の判決をしたという違法が認められるが、同被告人に干するその余の部分並に爾余の各被告人については、いずれもかゝる違法の点は認め難い。

そこで進んで職権をもって案ずるに、原判決が、被告人長田に対する公訴事実については全部、他の被告人等については各その一部につき、すなわち、被告人長田については「机の前に証人等は坐っていたのか、点呼の時名を呼ばれて返事をしたのか、何時も答えないのではないか、誰がどのように発言したか、点呼が終ってからどんな事態が発生したか、東灘分会が阿江助役を他に転勤させようと決議したことがあるか」という尋問、被告人芝田については「証人はいつ点呼場の外へ出たのか、国鉄東灘運輸分会では阿江助役に対してどういう感情を持っていたか、阿江助役を追放しようと決議したことはあるか」という尋問、被告人内田については「証人も分会員の一人か」という尋問、被告人千崎については、「小泉は組合の役員をやっているのか、川口末夫は組合の役員か、証人はどの辺に坐っていたのか、証人は国鉄労働組合東灘分会の組合員ですか、労働組合の方では阿江助役に対してどう考えていたか、組合が阿江助役を追放するという決議をしたことがあるか」という尋問に対し、それぞれの証言を拒んだ点については、いずれもこれを拒むにつき正当の理由があるから罪とならないとして無罪の判断をしたことは明らかである。

公訴につき裁判所が実体判決をするには審判の対象である訴因につき判断すべきものであり、たとえ公訴事実の同一性を害しない場合であっても、訴因の追加、変更のない限り、それ以外の訴因につき判決することは審判の範囲を逸脱することになり許されないことは前説示の通りである。そこで被告人等に干する右各無罪の判断を受けた点を検討してみると、被告人芝田が「証人はいつ点呼場の外え出たのか」という尋問に対し、被告人千崎が「証人はどの辺に坐っていたか」という尋問に対し、また被告人長田が「机の前に証人等は坐っていたのか、点呼の時名を呼ばれて返事をしたのか、何時も答えないのではないか、誰がどのように発言したか、点呼が終ってからどんな事態が発生したか」という尋問に対し、夫々証言を拒んだ事実はいずれも被告人等に対する起訴状記載の訴因に含まれるものと認められるが、その他の部分はいずれも当該被告人に対する訴因として起訴状に明示された事項でないことは、右被告人等に対する各起訴状記載の事実に照し明白である。そして記録を精査するも右事項につき検察官において訴因の追加、変更をしたと認める形跡がないから、たとえこれが右各起訴状記載の訴因とそれぞれ包括一罪の関係にあり、かつ公訴事実の同一性に欠くるところがないとしても、審判の対象とはせられていないのであるから、原判決がこれ等につき前記の判断をしたことは、審判の請求を受けない事件につき判決をしたことになり失当である。叙上の如くであるから、原判決はこの限度において破棄を免れず、弁護人の控訴趣意は一部理由ありと認める。

検察官の控訴趣意並に弁護人の控訴趣意第三点について。

検察官の所論は、原判決は本件公訴事実中、被告人長田についてはその全部、他の被告人等については各その一部につき無罪の判断をした。しかしこれは刑事訴訟法一四六条のいわゆる「自己負罪の虞」について、その解釈を誤つたか、あるいはその具体的適用に関する判断を誤つたものというべきである。「自己負罪の虞ある事項」とは、証人が過去における経験事実を述べるに当り、証言の内容自体に右の虞ある事項をいうのであつて、犯罪発覚の端緒となるような事項や「もしかすると」証人に刑事責任を負わせることになるかもしれない事項、訴追せられる危険が「あまりにも遠い」事項等証人個人の想像的、恣意的危惧のような合理的にみて有罪の蓋然性のない単なる有罪の可能性を生ぜしめるにすぎないような間接事実までも含ましめるものではなく、要は、刑事責任を負わせるに至る「本質的かつ現実的な危険」がある場合に限つて自己負罪拒否の特権が認められるべきである。かりに原判決の「自己負罪の虞ある事項」についての解釈が正当であるとしても、原判決が無罪を認定した尋問事項は、いずれも原判決のいうようにそれを証言することによつて被告人等が小泉および川口等と「共犯関係のあることについて合理的な疑を抱かせるような事態」に導くものとはとうてい認められないのである。すなわち右尋問事項は、被告人等の刑事責任に全く関係のない無色の質問であり、かつ阿江力に対する暴行事件は東灘分会員等によつて事前に謀議ないし意思の連絡があつて起きたものでなく偶発的な突発事件であるから「共犯関係があることについて合理的な疑を抱かせる事項」とはいい難く、しかも被告人等は右事件につき全く無関係でありかつこれを知悉しながら、労働組合幹部の指示等により証言を拒んだのであり、右事件と共犯関係にあることについて合理的な疑をもたれる故をもつて証言を拒否したものではないのである。

原判決は刑事訴訟法一四六条の解釈適用を誤つて被告人等に対し公訴事実の全部または一部の無罪の判断をしたものであつて右の誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄してさらに適正な判決を求めるというにある。

また弁護人の所論は、原判決は刑事訴訟法一四六条の解釈適用を誤り、かつそれに基づいて同条の要件の存否に干する事実の誤認をおかし、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。すなわち、

(一)原判決の同条にいう「刑事訴追を受ける虞があるとき」の説示は、かなり正当なものであるが不十分である。いわゆる共謀共同正犯において、行為(共謀)と結果(実行々為)は分離するから、共謀正犯者が証人とされる場合外形的には第三者とみられ、実行々為に干する証言については必ずしも自己の刑事責任に直接結びつくようには見られない。しかし共謀の事実が別個の証拠により証明されれば、右証言と必然的な連鎖なしに自らの刑事責任に直結することになるのである。本件において被告人等が小泉、川口等の共謀者とされるおそれは十分にありもし同人等の行動、阿江助役との応接につき証言することは、自己の刑事責任となるべき共犯者の実行々為の状況を証言することになり、当然証言拒否事項となるのである。

しかるに原判決はこれらの事項はいづれも「被告人ら以外の行動にのみ干する事実についての質問であつて、凡そこれに答えたからといつて被告人ら自身が刑事訴追を受けると思われるような犯罪構成要件事実ないしはこれを推測させるような関連事実について証言をするということにはならない」として有罪の認定をしたが、無罪部分の判断に示されるように被告人らが「当日その点呼に出席し、かつ労働組合の一員である被告人らにおいて、右質問に答えて証言すれば、小泉らの行動と被告人らを結びつけるような事実を証言する可能性があり、場合によつては被告人らにも共犯干係のあることについて合理的な疑を抱かせるような事態になるかもしれない」としているのであるから、被告人らに共犯干係ありとの疑をもたれる以上、共謀の干係のみならず、実行々為者の行動の状況について証言を拒否するのは正当であるといわねばならない。

(二)更に事件に干連性のない尋問、干連性の乏しい尋問、不必要な尋問については、もともと刑事訴訟法二二六条の要件にも合致せず、拒否しても処罰の対象とならないと解すべきである。また共犯干係に立つという合理的な疑のある状況においては被疑事件全体について証言を拒否するのは正当理由があるといわねばならない。然るに原判決が一部を有罪とし一部を無罪としたのは矛盾である。

というのである。

案ずるに原判決が被告人等に対し無罪の判断を示したものの内、被告人芝田につき「国鉄東灘運輸分会では阿江助役に対しどういう感情をもつていたか、阿江助役を追放しようと決議したことはあるか」という尋問、被告人千崎につき「小泉は組合の役員をやつているのか、川口末夫は組合の役員か、証人は国鉄労組東灘分会の組合員か、労働組合の方では阿江助役に対しどう考えていたか、組合が阿江助役を追放するという決議をしたことがあるか」という尋問及び被告人長田につき「東灘分会が阿江助役を他に転勤させようと決議したことがあるか」という尋問に対し、夫々同被告人等が証言を拒否した点が、審判の請求を受けた訴因の範囲を逸脱した違法なものであることは前段において判断したところである。然るに検察官の所論は、同被告人等の前記証言拒否の事実を含めて、原判決が無罪と判断したすべての点は、証言拒否の正当事由がない場合であるから無罪の判決は失当であるというのであつて、結局有罪の判決を主張するに帰するのであるが、右所論は前記証言拒否の事実を審判の対象とした原判決の違法性を看過し、本来審判の請求を受けない事実につき有罪判決を主張するものであつて、その限度において到底失当たるを免れない。

そこで前記の審判の範囲を逸脱した証言拒否の点を除き、各所論に照して原判決の当否を検討する。

刑事訴訟法一四六条に「自己が刑事訴追を受ける虞のある」場合に証言を拒否し得るという規定は、憲法三八条一項に「何人も自己に不利益な供述を強要されない」とあるのをうけたものであつて、一般に「自己負罪の特権」と称せられているものである。元来、証人として法廷に出廷し証言することはその証人個人に対しては多大の犠牲を強いるものであるが、法が証人にかかる犠牲を強いる根拠は、実体的真実の発見によつて法の適正な実現を期することが司法裁判の使命であり、証人の証言を強制することがその使命の達成に不可欠なものであるからである。従て一般国民の証言義務は国民が司法裁判の適正な行使に協力すべき重大な義務といわなければならない(最高裁判所大法廷昭和二七年八月六日判決参照)のにかかわらず、真実発見を目的とする刑事訴訟法の本質と相容れないようなかかる特権が認容されるに至つた理由は、人が自己保存の本能を克服して、自己を進んで刑罰に服させるのは、崇高な善であり道徳的義務であるとしても、それだからといつて、積極的に自己を有罪に導く行為をとることを法律的に強制することは、個人の人格の尊厳を冒すことになるからであり、かかる内容の証言については、法は個人の人格の尊厳に対して譲歩し、かかる証言を拒否する権利を認めたものである。

然しながら、かかる証言拒否権は国民一般に科せられた証人の真実を供述すべき義務に対する特例であり、またこれが特権である以上濫用されてはならないことは当然であるから、この特権の要件である「刑事訴追を受ける虞」の範囲についてはみだりに拡張して解釈すべきものではなく、客観性と合理性をもち、何人にももつともと考えられるものであることが必要である。さればこの「刑事訴追を受ける虞ある」証言とは、その証言の内容自体に自己の刑事責任に帰する犯罪の構成要件事実の全部又は一部を含む場合、及びその内容自体にはかかる犯罪の構成要件事実は含まなくても、通常犯罪事実を推測させる基礎となる密接な干連事実を包含する場合を指称するものと解するのが相当であり、単に犯罪発覚の端緒となるに過ぎないような事項、訴追される危険性が稀薄な事項、証人個人の単なる危惧のような客観性と合理性を欠く事実等までも、この「刑事訴追を受ける虞ある証言」に含ませることは妥当でないといわねばならない。またその虞ありや否やの判断については、尋問事項と問題となつている被疑事件の性質、内容、その事件に対する証人の干係、尋問当時における諸般の情況を考慮に入れて具体的に判断しなくてはならないと解するのが相当である。

よつて、たとえ第三者の行動に干連した質問であつて証人自体の行動についての質問ではなくても、それに答えて証言する時は、前記の如き具体的諸事情を考え合せると、その証言によつて証人とその第三者との結びつき、例えば共犯干係等の嫌疑がかけられる蓋然性が客観的に認められ、これを認めることに合理性があると考えられるような場合にもその虞があると解するのが相当である。

そこで証拠を検討するのに、

本件で問題となつている被疑事件とは、川口末夫、小泉哲夫、株本健三を被疑者とする公務執行妨害、傷害事件であつて、その犯罪事実の要旨は「被疑者等は共謀の上昭和三四年五月一〇日午前八時五七分頃より同九時一三分頃迄の間、国鉄東灘駅会議室及びその南側空地において同駅助役阿江力が当日当直助役として勤務者に対する点呼執行を終え、前勤者からの事務引継等の職務を執行するため助役室に赴くべく会議室より退出せんとするや、同人に対しかねて同駅構内で発生した列車妨害事件につき警察に協力したのは誰か、返答せぬ限り退出させぬ等と怒号して立塞り、肘で突上げ押返す等の暴行を加え、同人の右職務執行に当りこれを妨害すると共に加療一七日を要する右上膊部打撲傷を負わせたものである」というにあり、その被疑事件の証人として、被告人芝田、同内山は昭和三四年六月二五日、同長田は同月一二日同千崎は同月一六日いずれも神戸地方裁判所裁判官の尋問を受け、一部その証言を拒否したものであることが明らかであるが、更に被告人等が証言を拒否した当時における情況、被疑事件の内容、被告人等の干係等をみるに、国鉄東灘駅構内で昭和三四年三月二一日頃より同年五月中頃迄の間に列車妨害事件が頻発し、警察が捜査を開始し、同駅管理者側の警察に対する協力により国鉄労働組合に所属する多数の同駅職員が呼出され、或いは家庭訪問を受けるといつたことから、同労働組合の組合員は管理者側が職員の勤務割や住所録を警察に内報し、警察権力を利用して同組合東灘運輸分会の組織を切崩そうとするものだとして管理者側に屡々これを取止めるよう要求してきたこと、そして同駅長との間に管理者側は警察に対し勤務割等を内報しないという約束をしたが、その後も警察による組合員に対する参考人としての呼出が続き労組側はこれを不満としていたこと、またかねてから同駅助役阿江力に対し同組合員が反感を抱き、同労組では毎朝勤務前に行われる恒例の点呼において同助役が執行する場合は返事などしないで非協力的であつたが、同労組において同助役排斥運動をし、駅構内、会議室等に同助役を追放せよという趣旨のビラを多数貼付していたこと、昭和三四年五月九日には同労組役員が同駅長に対し毎朝の点呼には同助役を立会わせぬよう強く要望したこと翌五月一〇日朝の点呼執行者は同助役の予定であつたところ、同駅長は不穏な情勢を憂慮し特に他に二名の助役に命じ同点呼に立会わせるに至つたこと、同日朝の点呼には約三〇名の勤務者(大部分組合員)が参集し被告人等もこれに参加していたこと、その際労組役員である小泉、川口等から被点呼者に対し、かねて問題となつている管理者が警察に対し勤務割等を内報した件に干し点呼執行助役に質問することをはかり、同日点呼終了直後小泉、川口の両名が阿江助役に右の件を質問したことに端を発し、点呼の行われた同会議室内外において同助役と小泉、川口等との間に紛争があつたこと、その経緯は、右点呼に際しては被点呼者は従来の通り返事もせず、点呼終了後起立、敬礼もしない有様であつたところ、点呼終了直後川口、小泉が質問があるといつて阿江助役の傍にせまり「誰が勤務割を警察に知らせたのか」と詰問し、退出しようとする同助役を阻止し、そこに紛争が生じたこと、その際小泉が「皆出て来い」と云い、これに呼応して数名の者が同助役の傍に接近して行つたこと、その者が誰であつたかは明らかでなく被告人等でないという確証もないこと、その他の者は着席し或いは席より立ち上り相当数の者が喧しく騒いだが、その紛争の間皆会議室内に留つていたこと、やがて同助役が阻止を振切つて同室東出入口より室外に退出したところ、川口が「取囲め」と云い、そこで川口、株本等と同助役との間に紛争があつたこと、同会議室内外における右紛争が前記被疑事実に該当するものであること、その間に室内から出てきた被点呼者が多数東、西、南方にこれを遠巻きにして立つており、阿江助役としては同組合員等のため暴力を加えられることを恐れて同組合員等の立つていない北方に逃出し、迂回して助役室に引き上げたこと、そこへ又被点呼者等多数の組合員が押かけ勤務割の件につきしつ拗に詰問したこと等が認められる。

原審証人阿江力、同石井実男の供述によると、当時点呼の執行された会議室内で紛争があつた際、川口、小泉以外の被点呼者は殆ど発言する者はなく皆あつけにとられたような、ポカンとした顔をして見ていたとか、同室外での紛争の際、それを遠巻きしてみていた他の被点呼者は皆阿江助役に対し気の毒だという目で見ていたとか、えらいことをやるなアという態度で傍観していたというのであるが、これ等の点は前記認定の諸事情を勘案するとたやすく信用し難いものがある。

そしてその事件に干し逮捕者を出し、その後被告人等が証人として尋問されるようになつたのであるが、当時は未だ起訴された者はなかつたものの検察当局の方針は勿論明らかでなく、これ以上に逮捕者が出るかどうか、起訴されるかどうか、起訴されるとするとどの程度かというようなはつきりした見通しがたてられない情勢であつたことも明らかである。

以上の諸事実を考慮に入れて公訴にかかる各訴因を検討してみる。

被告人芝田については

原判決が有罪と判断したものの内

一、点呼終了の際の小泉、川口等の行動、株本の行動という事実は概括的であるが、これを訴因にそつて考えると、

(一)点呼終了の際小泉、川口等の発言の有無

(二)点呼終了の際小泉、川口、株本等のとつた行動

に区分することができる。そして

一、右(二)についての尋問と

一、点呼場の外における川口、小泉、株本の阿江助役に対する行動についての尋問

はいずれも第三者の行動に干するもので、それ自体は何等被告人を有罪に導く虞のある事項とは認められないのであるが、これにつき答えるときは小泉、川口、株本等の被疑事実とされている公務執行妨害、傷害の実行々為を証言することになり、前認定の諸事情を考慮すると、被告人が同人等と予め通謀していたと迄は考えられないとしても、被告人が現場において同人等の行為を助勢幇助したという嫌疑を受け、共犯としての刑事責任を導く虞があると認められ、その虞は決して不合理とは考えられないから、同被告人がこれ等の尋問に対し各証言を拒否したことは正当の理由があるといわねばならない。

然しながらその他のもの、即ち

一、川口、小泉、株本は点呼に出席していたが

一、その時の点呼執行者の点呼状況、点呼終了時刻

一、点呼執行者である阿江助役の行動

一、右(一)の発言の有無

についての尋問は、同被告人がこれに答えたからといつて、或いは犯罪発覚の端緒といつたものを与えるようなことがあるかも知れないが、証言の内容自体に訴追を受ける虞のある事項を含むことも、通常犯罪事実を推測させる基礎となる密接な干連事実を含むとも考えられず、結局被告人を有罪に導く合理的な虞があるとは認め難いから、被告人としては、これを拒否する権利はないものといわねばならない。

次に同被告人に対する原判決の無罪判断事項中

一、証人は何時点呼場の外へ出たか

という尋問については、被告人がこれに答えたからといつて、これ又被告人が訴追を受けるに至る合理的な虞があるとは考えられないから、被告人にその証言拒否権は認め難い。

次に被告人内山については、

原判決が有罪と判断したものの内

一、小泉、川口、株本等と阿江助役との間の互の行動についての尋問は、被告人芝田について説示した通り、

(一)点呼時における発言の有無と

(二)点呼終了後発生した小泉等と阿江助役間の行動

に区分されるが、そのうち(二)についてはこれに答えることは、被告人が訴追を受ける合理的な虞があると認められるから、被告人がこれを拒否したことは正当な理由があると解すべきであるが、その他の事項、すなわち

一、当日の点呼執行者は誰であつたか

一、当日の出番の人は何人位いたか

一、常時の点呼執行状況

一、点呼終了時刻

一、右(一)の発言の有無

に干する尋問は、これらに答えたからといつて、被告人の有罪を導く合理的な疑いがあるとは考えられないから、被告人はこれを拒否することはできないといわねばならない。

被告人千崎については、

原判決が有罪と判断したものの内

一、阿江助役は点呼終了後どうしたか

という尋問は、これ又第三者の行動に干するものではあるが、被告人がこれに答えることによつて、同助役と小泉、川口等との前記紛争事実を答えることになり、当然被告人自身を訴追に導く合理的な疑を生ずるものと認められること、既に被告人芝田干係について判示したところところと同様であるから、被告人千崎がこれを拒否したのは正当な理由があると解するのが相当であるが、

その他の事項、すなわち

一、小泉は点呼を受けたか

一、川口末夫は点呼の時いたか

という尋問は、たとえこれに答えても、被告人を訴追に導く合理的な疑を生ずるものと考えられないから、被告人にはこの尋問に対する証言を拒否することができないといわねばならない。

次に同被告人に対する原判決中無罪の判断を受けた

一、証人はどの辺に坐つていたか

という尋問についてもまた、右同様の理由によつて、被告人はその証言を拒否する正当理由が認められない。

被告人長田について、

原判決が無罪の判断をしたものの内

一、点呼が終つてからどんな事態が発生したか

という尋問は被告人がこれに答えれば、被告人芝田について説示した通り、被告人長田自身が訴追を受けるに至る合理的な疑いがあると解するを相当とするから、同被告人がその証言を拒否したことは正当な理由があるというべきであるが、

その他の事項、即ち

一、机の前に証人等は坐つていたか

一、点呼の時名を呼ばれて返事をしたのか

一、何時も答えないのではないか

一、誰がどのような発言をしたか

という尋問は、被告人がこれに答えたからといつて、被告人を有罪に導く合理的な疑いを生ずるものとは考えられないから、被告人にはこれを拒否することはできないと解するのが相当である。

ところが被告人らが証言拒否の理由として、労働組合の方針であるとか、他人のことは話したくないとか、その他自己負罪の虞以外の理由をあげているもののあることは検察官所論の如くである。そしてこの証言拒否権の本質に鑑みると、証人が自己のためにその権利を行使するのではなく、第三者のためにこれを主張するような場合は、特権の濫用と認められ、許されないものと解すべきであるが、前段認定の被告人等が証言拒否に至る迄の諸事情を考えてみると、被告人らが証言を拒否した理由中には、検察官所論の如き理由も含まれているとしても、単にそれのみにとどまらず、当然被告人らがその証言をすれば訴追の虞ありと思考して証言を拒否したものと解するのが合理的であつて、検察官の所論に援用する被告人らの供述だけではこの認定を覆すに足りない。よつて被告人らの証言拒否をこの点において許されないものとすることはできないのである。

次に(二)の主張につき考えてみるのに、刑事訴訟法二二六条による本件証人尋問の適法なることは、後述の弁護人の控訴趣意第二点につき判示する通りであるが、事件との干連性が稀薄な事項だからと言つて、正当な理由なく証言を拒否すれば、同法一六一条による処罰の対象となることは論ずるまでもないところである。そして「刑事訴追を受ける虞」のある証言かどうかは、個々の証言について判断すべきものであるから、たとえ同一被疑事件であつても、その一部につき正当理由を認め、他の部分につき正当理由を認めなかつたとしても違法とすることのできないことは当然のことである。

以上説示した通り、被告人芝田については、原判決が有罪と判断した事実中「点呼終了の際の小泉、川口らの行動、株本の行動」「点呼場の外における川口、小泉、株本の阿江助役に対する行動」についての尋問に対する証言拒否の点は正当の理由があるものとして無罪とすべきもの、無罪の判断をした「証人はいつ点呼場の外へ出たのか」という尋問に対する証言拒否は正当の理由なしとして有罪とすべきもの、被告人内山については原判決が有罪と判断した事実の内「小泉、川口、株本らと阿江助役との間の互の行動」についての尋問に対する証言拒否は正当理由があるものとして無罪とすべきもの、被告人千崎については、原判決が有罪と判断した事実の内「阿江助役は点呼終了後はどうしたか」という尋問に対する証言拒否は正当理由があるものとして無罪とすべきもの、無罪と判断した「証人はどの辺に坐つていたか」という尋問に対する証言拒否は正当の理由なきものとして有罪とすべきもの、被告人長田については原判決が無罪の判断をした事実中「机の前に証人等は立つていたのか」「点呼の時名を呼ばれて返事をしたのか」「何時も答えないのではないか」「誰がどのように発言したか」という尋問に対する証言拒否は正当の理由なきものとして有罪とすべきものであるから、原判決は右の限度において法令の適用を誤つたものというべく、その誤は判決に影響を及ぼすることが明白であるから破棄を免れない。検察官及び弁護人の各論旨は夫々右の限度においてのみ理由がある。

弁護人の控訴趣意第二点について。

所論は、原判決が刑事訴訟法二二六条による本件証人尋問につきなんらの違法も認められないとして証言拒否について問責したことは同条の解釈適用を誤つたものである。すなわち

(一) 同条による証人尋問は、被疑者被告人弁護人の立会権を認めず反対尋問権を奪つておりながらその尋問調書の証拠能力を付与されておるのであるから、憲法三七条二項に違反する。また証言拒否罪の法益は裁判所の適正な心証形成にあるのであるから、検察官の心証形成を目的とする同条による証言拒否に刑罰を科することは憲法三一条に違反する。

(二) 本件証人尋問は刑事訴訟法二二六条にも違反する。

原判決は本件証人尋問は被告人等が「いずれも警察からの呼出しに対して出頭を拒否したこと」「同日その点呼に出席し公務執行妨害傷害被疑事件の現場付近に居合わせたこと」をもつて適法であると判示した。

しかし同条にいう「犯罪の捜査に欠くことのできない知識」とは、その「知識」が捜査に欠くことのできない場合であつて、知識内容たる事項がすでに捜査機関に判明している場合および他に同じ知識をもち供述する見込のある者がある場合は含まれないと解すべきである。従つて現場に居合わせた事実から直ちに「欠くことのできない知識を有する」とはいいえず、捜査機関の本件に関する証拠収集の状況、認容の度合とその見透しによつて「欠くことのできない知識」であるか否かが吟味されねばならない。換言すれば「欠くことのできない知識を有する者」に該るかどうかは証人となる者の知識それ自体から判断できないものであつて、証人尋問請求時の捜査官側の収集証拠による主観的認識の程度を基礎として客観的に判断さるべきものである。

ところで原判決により有罪と認定された本件証言拒否事項は、点呼終了前の事項に関する分については、それ以後の事実を問題とする小泉等に対する本案の公務執行妨害傷害事件につき、それ自体捜査に欠くことのできない知識内容たる事項といいえず、その他の分については点呼執行者、立会つた管理者側の供述および点呼簿の記載等によつて判明する事実であつて、しかも本件証人尋問期日前すでに阿江力、石井実男、白井正行、松井政登、山内勇に対する各検事調書が作成され、検察官に本件証人尋問により求めようとした知識を十分にえていたのである。従つて本件各尋問当時、被告人等は「犯罪の捜査に欠くことのできない知識」を有していたものではなく、「不必要な知識」を有していたものであるから、本件証人尋問は刑事訴訟法二二六条の要件に違反して請求され、尋問された違法かつ無効のものである。

(三) 本件証人尋問は刑事訴訟法二二六条の濫用である。

検察官は前述のとおり検事調書を作成し、本件尋問によつて求めようとした知識を十分にえており、起訴にふみ切るだけの資料を有していた。しかるに検察官は昭和三四年六月七日より同月一六日まで被告人等を含め引続き一七名の証人尋問を全部同一尋問事項につき同一理由で申請した。これは公判段階における被告側の将来の反証を予めつぶす目的をもつてなされたもので濫用である。

というにある。

よつて案ずるに、

(一) 憲法三七条二項に「刑事被告人は、すべての証人に対して審問の機会を充分に与えられ」ると規定されているのは、裁判所の職権によりまたは訴訟当事者の請求により喚問した証人につき、反対尋問の機会を充分に与えなければならないというだけのことであつて、反対尋問の機会を与えない証人尋問をすべて禁止した趣旨とは解することができないから、かかる場合の供述を録取した書類の証拠能力が一定の条件の下に制限されることはあつても、刑事訴訟法二二六条が憲法三七条二項に違反するものとはいえない。

そして同条の請求を受けた裁判官は裁判所または裁判長と同一の権限を有するのであるから、右尋問についても同法一六一条の適用あるものというべく、右刑罰法規の適用はなんら憲法三一条に違反するものではない。

(二) 刑事訴訟法二二六条にいう「犯罪の捜査に欠くことのできない知識」を所論のごとく狭く解釈しなければならないとする根拠はない。犯罪の捜査とは、犯人を保全し証拠を収集することをいうのであるから、犯人の逮捕や犯罪事実の証明に役立つものはたとえ捜査官に知れている事項、犯罪の事前事後に関する事項またはすでに証明されてあると思料される事項と同一事項についても検察官において公訴を提起維持するにつき必要と認めるときは同条により証人尋問を請求しうるものと解すべきである。

(三) 被告人等に対する検察官の本件証人尋問の請求はいずれも刑事訴訟法二二六条の要件を具備しているものと認められ、記録を精査するも右請求が濫用にわたるものと認められる形跡はない。

されば本件証人尋問が適法であるとした原判決の判断は相当であり、これが違法無効のものであるとする論旨は理由がない。

同第四点について。

所論は、原判決は刑事訴訟法二二六条、一六一条の解釈適用を誤つた違法がある。すなわち同法二二六条は犯罪の捜査に欠くことのできない知識につき尋問の請求を認めるものであるから、その証言の拒否に対する刑罰も犯罪の捜査に欠くことできない知識についての拒否に限られるのである。しかるに被告人等に対する証人尋問によつて知得せられる事項は他の証拠により客観的に正確に証明しえられるものであるかまたは全く形式的、末稍的事項であつて、被疑事件の捜査に欠くことのできぬ知識をうるためのものではないから、これに関する証言を拒否しても処罰に値しないものであるというにある。

しかし、刑事訴訟法二二六条にいう「犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有する」との意味は前段説示のとおりであつて、被疑事実の捜査に関する事項が被告人等に対する尋問によるほか他の証拠により的確な知識がえられ、または形式的末稍的事実にわたる事項であつても、自己が刑事訴追を受ける虞のないときは、これに対する証言を拒否したものは等しく刑事訴訟法一六一条の適用をうくべきものと解するのを相当とする。所論は独自の見解に立つて同法条の解釈適用を主張するものであつてとるをえず、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九七条、三七八条三号、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりつぎのとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人等はいずれも国鉄東灘駅の職員として勤務中、被告人芝田、内山は昭和三四年六月二五日、被告人千崎は同月一六日、被告人長田は同月一二日それぞれ神戸地方裁判所において、被疑者小泉哲夫、川口末夫、株本健三(被告人長田については被疑者小泉哲夫を除く)に対する公務執行妨害、傷害被疑事件について、刑事訴訟法二二六条による証人として出廷し、宣誓したうえ、昭和三四年五月一〇日施行せられた同駅勤務番職員の点呼に関し、

第一、被告人芝田は、裁判官原政俊から「右点呼における右小泉等三名の出席の有無、点呼執行の状況、点呼中および点呼終了時における発言の有無、」について尋問を受けた際、正当の理由なくその証言を拒んだもの、

第二、被告人内山は、同裁判官から「右点呼の執行者の氏名、点呼執行の状況、点呼時における発言の有無、」について尋問を受けた際、正当の理由なくその証言を拒んだもの、

第三、被告人千崎は、裁判官小河巌から「右点呼における小泉、川口の出席の有無、証人の位置、点呼終了時における発言者の有無、」について尋問を受けた際、正当の理由なくその証言を拒んだもの、

第四、被告人長田は、裁判官江上芳雄から「右点呼における証人の位置、点呼時における発言者の有無、」について尋問を受けた際、正当の理由なくその証言を拒んだもの

である。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人等の判示各所為はいずれも刑事訴訟法一六一条一項に該当するので所定刑中罰金刑を選択し、その金額範囲内で被告人等を各罰金一、五〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、情状により刑法二五条一項を適用し裁判確定の日から各被告人に対し夫々二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により主文四項のとおりそれぞれ被告人等をして負担せしめる。

(無罪の判断)

本件公訴事実中、各被告人が判示点呼終了後発生した事態の状況に干し、刑事訴訟法二二六条の証人として判示各裁判官より尋問を受け、正当の理由がないのにかかわらず証言を拒否した点については、控訴趣意に対する判断で示した通りの理由により、証言拒否の正当理由があると解せられるので無罪とすべきところ、判示有罪部分と包括一罪の干係において公判に係属したものと認められるので、特に主文で無罪の言渡をしない。

よつて主文の如く判決する。

(裁判官 山田近之助 藤原啓一郎 瓦谷末雄)

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